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A.2025年の令和7年の米の生産量 (見通し)は779万t。
出典: 農林水産省『令和7年度 食料・農業・農村白書(概要)』2026年5月公表
779万t
令和7年の米の生産量 (見通し)
トピックス 2 特別企画:昭和100年を振り返って 昭和100年 昭和初期から戦後にかけて、食糧増産や農業近代化の取組が進展 1960年前後の経済成長過程で農業従事者と他産業従事者との所得格差が拡大 昭和初期 国民所得の増大や都市化に伴い、食生活の質が向上、農業生産の構成も変化。桑の生産に代わり野菜や果実の生産が増加 農業関係の試験研究の体制が整い、農作物の品種開発と栽培技術の向上、家畜の改良に向けた環境整備を実施 第二次世界大戦中 食糧管理法が制定され、食糧等の物資の統制のほか、肥料等の農業生産資材の配給、労働力調整を実施 米や麦等の生産が優先され、生糸や果実の生産が減少するなど、農業の生産構造や農村が著しく変化 1945~1955年頃(昭和20~30年頃) 自作農創設特別措置法の制定等の農地改革により自作農が多数を占めるようになり、農業協同組合法の制定により零細経営を補完する協同組合が発達 深刻な食糧難を打開していくため、国内の食糧増産や肥料の生産体制強化が喫緊の課題。農薬取締法や肥料取締法、植物防疫法の制定等に加え、土地改良法を制定し、積極的に農地・農業用水を開発 1947年に主要都市で学校給食が再開、徐々に全国へ展開 1956年に、耐冷性・食味を改良した特性を持つ「コシヒカリ」が誕生 1960年前後(昭和35年前後) 経済成長の過程で、農業従事者と他産業従事者との所得格差が拡大 農業部門から他産業部門への労働力の移動、農産物の消費拡大と需要構造の変化等の農業をめぐる環境が変化 米の生産量と水稲の単収 1500(万t) 1000 500 0 昭和元年産 (1926) 21 (1946) 41 (1966) 61 (1986) 平成18 (2006) 令和7 (2025) 1,426 1,253 400 815 272 912 208 508 1,159 367 781 507 855 547 779 600 500 400 300 200 100 0 (kg/10a) 単収(右目盛) 生産量 資料:昭和元年(1926)~32(1957)年産までは農林省「農林省統計表」(昭和17(1942)及び18(1943)年産のみ農商省「農商省統計表」)、昭和33(1958)年産以降は農林水産省「作物統計」 注:1)生産量は収穫量(子実用)の数値 2)昭和19(1944)年産から昭和48(1973)年産までは沖縄県を含まない。 食糧難に対応するために設けられた国会議事堂前の畑 資料:株式会社共同通信社 昭和30年の学校給食 資料:独立行政法人日本スポーツ振興センター 9